東京マラソン完走記vol. 3 (完)

25キロ以降になります。

その前に昨日書くのを忘れたこと。18キロから19キロの間に浅草があります。浅草は何度もいったことがありますが、雷門を車道を走りながら真正面に見れるのは東京マラソンだけ。思ったことは道路から見ると意外と小さい。

2021の東京マラソンは応援自粛を呼びかけられていましたが、浅草だけはそこそこの人がいました。私は走るのが初めてなので分かりませんが、人は多いのに当たり前ではありますが静かなのです。時々拍手をしてくれる人がいますが、だいたいシーンとしている。もちろん車の騒音もありません。

人はいっぱいいるのに静寂の中を走る東京マラソンもなかったのでは。ようやく走れたのにこんなことを言うのはどうかとも思いますが。もし機会があれば多くの人の声援の中走ってみたい。

たまにボランティアの人かも知れませんが、音楽を流してくれている人がいました。声を出すのは感染防止の為にダメかも知れませんが、音楽を流して感染することはない。これからマラソン開催される都市では是非音楽をかけてあげればいいと思います。それだけで十分元気出ますから。

さて、改めて25キロ以降のこと。以前につくばマラソンを走った時に28キロ地点からビルドダウン。普通に走っていたのに28キロ地点から急にストライドが広がらずスピードダウン。

意識はないのに、勝手に落ちていった経験があります。

今回も30キロ走していないので、何となく嫌な予感がしたのもこの辺り。

段々とカウントダウンに入ってきました。

20キロから26キロ過ぎだと思いますが、あまり記憶がないのですが、B姫も遅いと気づいたのか1秒上げてと言ってきました。

tokyo25.jpg

それ以上急に上げないでと。練習のパターンと同じだ。

28キロ地点で、今のペースを維持するにはちょっと頑張らないと難しいと感じてきてます。練習であれば、42キロ走らないので、ここで頑張って上げて終わることができると思いましたが、ここで頑張ってしまうと、42キロ持たないと感じてきました。

後半が強いB姫に、先に行ってくれと伝えました。私の右横に出た途端に突風が吹きます。直ぐにB姫は私の後ろに隠れます。

おい!風除けか?その後私の前に出ましたので今度は私が追いかける立場。多少差はつきましたが今度は追いかけていくので気持ちは楽。

B姫の背中を捉えながら脚を進めます。


チームメンバーのI立氏、サブスリーランナーです。二度サブスリーをやってますが、走っている時に一度背中が見えました。それから見えなくなりましたが、途中までサブスリーペースで走っていたそうです。28キロ地点でそのI立氏に遭遇。

もうダメや。キロ5もやっとや。と言って、ちょうどこの時にオールスポーツのカメラがあったので、B姫とI立氏と私の3人並んで写真に撮られるようにと走りました。

たまたま、片町商店街のスクランブルナイトを見ておられる方がTwitterからその時の写真を撮ったということで送ってくれました。

スクランブルナイトに私が出ているので分かったのでしょうか?

その時の写真がこちら。

28km.jpg

私の右側にI立氏、B姫は顔の半分くらい写っています。

そう言えば、私達の走っているペースではあまり集団ができるような所ではないのですが、向かい風の時は集団をなるべく探してその後ろにつこうとしてスピードアップしたりもしていました。集団の後ろについて少し休む。でもその集団も直ぐに崩れてしまうのです。

25キロを過ぎたどこかで、最初のコムレケア投入。あまり飲みたくはなかったのですが、本当に攣り始めたら投入して効くまでに多少の時間がかかるので、今回は予防の為にも早めに投入しました。今回この判断は良かったと思います。

結局28から29キロ辺りでB姫は前に出ますが、追いかけられる私もいました。確かに5メートル10メートルと離れてしまいましたが、その間隔は急に広がることはなく着いて行けている自分がいました。

tokyo30.jpg

追っかけたおかげで30キロから35キロはペース維持ができています。

32キロ地点で12キロ地点で応援してくれた知人のランナーが場所を変えて応援してくれていました。

32run.jpg

疾走感あります(笑)

銀座を通りますが、静かなので銀座の感じもあまりしません。ISETANがある、あ~ここテイジンメンズショップの跡地は何になっているのだろ?

と考えながら走ります。

34キロ地点で皇居に出ますが、折り返してくると既に41キロ地点。戻ってくるのに7キロもあるのか・・・と思いますが、既にここを通過してくるランナーもいます。

当たり前ですが私も含めてこの辺りを走っている人はちゃんと練習をしている。だから極端にランナーの入れ替わりもない。抜く時もあるし抜かれる時もある。もうペースも何も考えられなくなっていて、次どこの地点でジェルをとったらいいかくらいしか考えられない。

東京マラソンの良い所はフラットなコースだからできるのかも知れませんが、給水が基本5キロ毎にポカリ。そしてその先2キロには必ず水の給水があります。つまり5キロの次は7キロ、10キロの次は12キロ、15キロの次は17キロと。

ですからジェルをとるのも計算しやすいのです。ジェルをとるとやはりその後水分を口に入れてすっきりしたくなります。それがちゃんと計算できるようになっています。

35キロを過ぎたところでジェルを入れます。次は37キロ地点で水分補給して口をさっぱりと思ったのですが、37キロ地点にない?

ああ~そうだった。ここだけ3キロ先の38キロだったことを思い出しました。ジェルを早くとりすぎた。

右手に増上寺が、この時点で36キロの少し前、あとはもう気力。ですが、折返しが長い。流石に長い間まともな大会が無かった。

都市型マラソンはちょうど感染が収まった昨年の10月11月にあった、金沢マラソンや富山マラソンなどから暫く行われていません。

ですから誰もここで諦めるような人はいません。もちろん私もそうです。2時間半とかで走る人に比べれば遅いですが、普通の人がこの時間ここを走るにはインターバルやペース走などやっていないと無理だと思います。皆頑張っている。

tokyo40.jpg

ラップ39と40。実際は38キロと39キロ地点になりますが、ここのラップが辛そう。やはりロング走しないとダメですね。

そしてラストの折返しをあとは東京駅に向かうだけ。残り3キロでタイムを確認します。キロ4で走れれば、いやキロ4では走れない、むしろキロ5分に近づいている。5分で3キロ走ればと考えても計算できないので、ただただ頑張るだけ。

東京マラソンであろうがどこのマラソンであろうがきついのは同じでした。

41キロ地点、カーブを曲がった所で28キロ地点の写真と同じTwitterから頂いた写真です。

last1.jpg

流石にきつい顔。まあいつもこんな顔して走っているのですが。

last2.jpg

この先にあの東京駅に続く石畳の道路に入ります。

もうあと僅か。カーブを曲がった所で応援の為に移動してくれた滋賀から駆けつけてくれた女性サブスリーランナーから声を掛けてもらます。

後から聞きましたが、ラストの直線で声を掛けたら元気な声が返ってきたので安心したと。

石畳はアルファフライだと凄く走りにくい。手前の信号を右かな?いや多分その次の信号を右だろうな?と思いながらラストスパートになっていないラストスパートを。

私は勘違いをしていて、ゴールは東京駅の方に向かって走るのかと思っていました。直線を走って右に曲がるものだと。ところが東京駅を背にしてゴールするようでした。左に曲がっていくランナーを見て、何キロ先からだったかな?かなり並走してきたランナーの背中を捉え、ラストスパートでゴールに駆け込みました。

tokyolast.jpg

グロスタイム3時間14分12秒。

正式な記録は。

tokyokkeka1.jpg

画像をクリックして頂ければ大きく表示されます。

グロスタイム時計と同じ3時間14分12秒、ネットタイムは3時間13分43秒。これはつくばマラソンで出した記録よりも6秒遅いセカンドベストとなりました。

石川県で58人中10位。って石川県からたった58人しか走れてないのですね。

55歳から59歳までの年代別で3333人中95位でした。

tokyokekka2.jpg

ラップを見るとやはり後半が・・・ということになります。

改めてゴールシーンを。ゴールして直ぐに左側にB姫が見えました。そして少し進むと副市長も。

今回はスマホを持って走っているので直ぐに写真を撮れるのは便利。

tokyogoal1.jpg

そして直ぐに写真を撮ってもらいました。

イメージ的には同じタイムで一緒にゴールするイメージ。いや私の方が2秒程速くゴールするイメージを持っていたのですが、今回も完敗でした。手をつないでゴールする約束をしていたのに。

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ただその差を1分弱くらいに収められたのは良かった。攣り防止作戦が功を奏したのだと思います。

tokyogoal2.jpg

皇居をバックに副市長と記念撮影。副市長はサブスリーを目指すものの後半数キロ手前で両足が攣ってしまって、目標達成ならず。ただ公認コースでのフルマラソンの自己ベスト達成だそうです。

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今年のゴールはタオルではなく、タオル素材のポンチョでした。これを着て山手線に乗って秋葉原のホテルまで戻りました。

山手線に乗って座っていると、前のおじさんに完走したのですか?と言われて完走を伝えると手を叩いてくれました。

私は膝が痛いのですけど、走れますかね?なんていう質問も(笑)

ポンチョはいいのですが、帰ってきてから参加メンバーからはこれって後使いようあるかね?という質問が。

tokyomikan.jpg

途中でみかん配られてたので頂いて帰りました。

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晴れてて良かった。もし雨だったらこのポンチョ雨を吸って重かっただろうな・・・と思いました。満身創痍であろうランナーがぞろぞろと歩かされています。

地下道を通って東京駅まで。そしてそれぞれのホテルに戻り帰り支度をしてから、再度東京駅で慰労会。

東京のメンバーや応援してくれた人と軽く一杯飲んで帰路へ。

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応援してくれた人。そして一緒に参加してくれた人。それよりも大会を開催して頂いた大会関係者の方々に感謝申し上げます。

これで私の15年間待った東京マラソンは終わりとなりました。

帰宅して。

tokyosakemasu.jpg

東京で買ってきたのはこの枡ですが。

kirimasu.jpg

こちらの枡は。実は枡ではなくって。

masumedal.jpg

メダルを飾る為の桐のケースでした。

こちらからご購入できます。メダルケース

ただマラソンを走っただけなのに御祝いを頂いたり。

tokyo_osake_goal.jpg

そして更にびっくりするようなものが届きまして。

tokyoFlower1.jpg

花のアレンジ頂きました。花なんてもらったことあるかな?しかも女性ではなく男性に(笑)年齢も同じくらいの人に。

tokyo_flower_fin.jpg

今メダルと一緒に飾らせて頂いております。花と一緒に飾るとメダルが位牌みたいに見えるのは私だけでしょうか。

東京マラソンは終わりましたが、これでマラソン人生が終わったわけではありません。「これからも輝き続けます」(笑)今輝いているか知らんけど。

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